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2009年7月20日月曜日

アルバニアの不思議


予定してたよりも長くいた、アルバニア。
滞在すればするほどおもしろい顔をみせてくれました。

::ベンツが多い::

90年代に主にドイツから密入した(まぁ、盗難ですね)ベンツたち。アルバニア人の乗る車=ベンツ、ってことらしい。ある意味ステータスなのかな。ホント、車はベンツしかみかけません!!

::ごみだらけ::

発展途上の国は、とにかく街中にごみが散乱してる。ポイ捨て当たり前、な世界。モロッコもそうだったけど、国民の町の美化教育が成されてないゆえなんでしょうね。


::防空壕(トーチカ)::

1974-86年の社会主義の時代に、“もしもアメリカやソ連から攻撃されたときの為”に国民のために作られたトーチカと呼ばれるコンクリートで出来た防空壕。国民4人に一つの割合で75万個、国内にあるそうな。
このトーチカ、当時のアルバニアのトップエンジニアがデザインして作ったものらしく、戦車に踏まれても壊れない、強いもの。(実際エンジニアがトーチカの中に入り、実験したらしいっすよ、さすが社会主義国ですね)
なので、今でもアルバニアの各地にきのこの山みたくいっぱいあります。

::アルバニアで歯医者::

アルバニアはサランダ最終日の夜、デンタルフロスをしてたら、なんか奥歯が引っかかる。
なんだべ??っておもって鏡でチェックすると・・・
奥歯、欠けてるーーー。虫歯でかぶせ物(クラウン)してたのだけど、クラウンの周りの歯が欠けちゃった!つか、ここアルバニアで歯がかけちゃうなんて、なんてアンラッキーなんだ…せめて、もうちょっと医療が発達してる所だったら安心して治療できただろうに。

とりあえず早めに直したほうがいいから、アルバニア滞在もう一日伸ばし、町の歯医者へ。
入った瞬間、“この歯医者のおばさんに私の歯を任せても大丈夫なのだろうか・・・”と不安が走ったけど、10月に帰るまでの応急手当だし、まぁいいか、と彼女に託す。
10ドルの治療費で、なんとか応急処置は出来ました。でも、さすが10ドル、腕の方は・・・。

アルバニアはヨーロッパの中でも貧しい国で、街全体が汚いっていうか、埃っぽいし全く旅行がしづらい国だったけど、その反面、山にビーチに自然に囲まれてすばらしいところだった。
まだまだ発展途上だけど、これからアルバニアはどんどんいい方向へ変わっていくだろうし、旅行者・観光客が増える国だと思う。
素朴で、やさしい人たちが多いアルバニア。これからの変化、楽しみです。

2009年7月18日土曜日

オスマン様式、石造りの谷


サランダからバスで1時間半で行ける、ギロカスタルっていうオスマン帝国時代に建てられたお家が立ち並ぶ町へ日帰り旅行してきました。

しかし、何回も言うけどアルバニアのバス。バス自体がオンボロなのは変わりないのだけど、ギロカスタルまでの道路は凸凹の山道。ここ、バイパスなんてものはもちろん走ってないから、ようやく2台すれ違える細い山道をくねくねいく。そして、クレイジー・アルバニアン・ドライバー。飛ばす飛ばす!!道路はミラーなんてものは付いてないからカーブが来ると対向車がこっち斜面に向かってこないようにクラクション必要以上にうるさいほど鳴らすからうるさい。

全く生きた心地がしない2時間の道のりだったよ…。

さて、ギロカスタル。同じくアルバニアのべラットもオスマントルコ風の家並みだったけど、ここは屋根から壁まですべてが石造りになってて独特の雰囲気をかもし出しててとても神秘的。

山の上には城壁に囲まれた城塞があって、ここを中心に町が造られていったんだな、ってのがわかる。

ここギロカスタルに住む人はみんなとってもフレンドリーで、アルバニア語でいろいろ話しかけてくれたおじさん、“写真とって!”って話しかけてきた子供とか、とってもあったかい町だった。

2009年7月11日土曜日

ビーチと世界遺産とディナーパーティー


”アルバニアにいるんだったらbutrint national parkにいかなきゃ!すごくいいところだよ!”って会う人みんな大絶賛なButrint国立公園に向かうべく、サランダっていうギリシャ国境近くの町へやってきました。例のごとく、バスは1時間遅れで来るしVunoからの移動は容易なものじゃなかったんだけどね。。。

サランダはアルバニアのリゾート地。こんなにキレイな海があるのに余り外国には知られてないから、わりかしビーチはすいてる。しかもリゾート地なのに物価も高く設定されてるわけでもなく、おまけに外国人旅行者(パックツアーとかの人のことね)もいないので、バッパーにはうれしい穴場です☆

さて、さっそく期待大なブトリント国立公園へ。


↑
この砂の下はすごくいい状態のモザイクが埋もれてるらしい。どうして砂かけてあるかっていうと、そうやって風化阻止してるんだって。もっといい方法で保存してみんなが見れるようにすればいいのに。
一応世界遺産なのに、そんなところがアルバニア。

ここは実は世界遺産に登録された遺跡。なかには古代ローマ劇場からアゴラ(市場)、城壁、噴水など残ってます。どうやらこれらの遺跡、何世紀にも渡ってどんどん継ぎ足されたらしく、いろんな時代の遺跡がある。ま、私は遺跡、考古学マニアじゃないから何がなんだかよくわかんなかったんだけどさ。すんごい暑かったし。実際みんなが口そろえて”いいところ!”って言ってた割には、私は感動しなかったわ・・・だったらトルコのエフェスの遺跡のほうがすばらしかったし。

さてサランダではhairy lemon hostelっていうわけ解らん名前のホステルにとまったんだけど、ここのオーナーのアイルランド人アネットがめちゃくちゃ面白くて少し風変わりな人でね。それはそれでたのしいし話も面白いからステキなんだけど。宿もビーチ目の前のマンション8階にあるから眺めはいいし、清潔感あってきれいで居心地抜群なのだけど、WiFiが飛んでないのが実に残念。これでネット使えたらもうちょっと長居してたかも。

そしてこの宿、泊まってるみんながアネットの人柄のおかげですごく仲良くなれる。毎晩ご飯はみんなで一緒に食べたし、ディナーパーティー(要するにシェア飯)もするし。

さて、サランダでのステイのあとは私、マセドニアに抜けようって思ってたのだけど、この宿に宿泊してるみんなが、ココまで来たんだったらコルフ島まで行ったほうがいいよ!ってオススメするので。。。急遽予定外に、ギリシャのパーティー島と呼ばれているコルフにいくことにしました。

2009年7月10日金曜日

手作り小学校

アルバニアって旅行者にはとても旅がしづらい国。

っていうのもアルバニアって言う国自体が観光客なれしてないからツーリストオフィスがない。そしてバスが地元民中心に動いてるので移動するのも一苦労。だってバスはオンボロ、その上時間通りにバスは動かないし、町から町への中、長距離バスも朝5時から昼過ぎ2時までしか走ってない。英語もなかなか通じないし、ネットでも余り情報がないのだ。


本来は首都であるティラナとべラットだけさくっと観光して次の国、マセドニアに移動しようと思ってたのだけど、なんだかんだでアルバニア人優しいし、まだまだマイナー感たっぷりなこの国、もうちょっと見てみたいな、って思った。宿でいろんな人とはなしてると、アルバニアのアドリア海側が結構ステキ、そして南のギリシャとの国境近くのブリトーニっていう国立公園がすばらしいらしい、って事が判明し、だったらせっかくだし行ってみるか!となったわけ。

まず目指したのはVunoっていう村。ちょうどべラットの宿で一緒だったオランダ人カップル、車で旅行してるのだけど、彼らもブノへ向かうって事だったので、ついでに私も乗せて行ってくれることに。バス移動だと不便でやたら時間かかるし、乗り継ぎもしなきゃいけないし、しかもその乗り継ぎもうまくいくかわかんなかったから超感謝だよ。



うちらがブノで泊まった宿はティラナで泊まったホステル、ティラナ・バックパッカーズ・ホステルと同じ経営。本来は小学校として使われている建物を夏の間だけホステルとしてつかってる。この村には現在130人ぐらいしか住んでなくて、小学校も11人ぐらいしか生徒がいないんだって。でも2年前までは村の小学生はみんなここからちょっと遠いもう少し大きい村の小学校に通ってた、っていうのもブノの小学校の建物が古くって使い物にならなかったから。

でもそれじゃ余りにも不便で子供たちもかわいそう、だったらこの古い建物きれいにしてリフォームして使えるようにしましょう、って立ち上がったのがティラナBPのスタッフたち。(そのうちの1人がこの村出身)ボランティア、村の子供たちなんかと一緒に力あわせて、去年の夏にこの小学校をきれいに立て直した。そして、今年もこの学校を夏の間、ホステルとして使って、それで得た利益を学校に寄付しましょう、って言うのがこの宿なの。

トイレは離れた建物にあって不便だし、シャワーはカーテンのみで囲まれた野外水シャワー、マットレスだって空気マットレスだから寝づらい。でもスタッフはやさしいしステキだしあったかいし、それになにより”手作り”ってのが感じられて、ほんわか気分にさせてくれる、すなわちすごくリラックスできて気持ちがいい。




この村自体には特に見所はなくって海も微妙に5キロ離れてて泳ぎに行くのも一苦労。でも、こういう村で時間に追われずのんびり各自したいことをしてすごすのもすてきだなーって。






夜は毎晩みんなで焚き火を囲んで飲んだり、語ったり、歌うたったり。観光つかれしてて、ちょっと休みたいなーって私にはちょうどいいところでした。

2009年7月9日木曜日

thousand windows


べラットはトルコのオスマンスタイルのお家が川沿いの谷に段上に立ち並ぶ、世界遺産のステキな町。“千の窓を持つ町”ってキャッチフレーズもあるくらい、かわいらしい窓がいっぱい!!


周りを山に囲まれていて、山の上にはべラット城もあって、そこからの眺めが最高だよ、って教えてもらったのでさっそく散策。町からは見えなかったけど、お城のある山の上には民家もあって、実際人が住んでる。山の上の城壁に囲まれたお家に住めるなんてうらやましー。


ここべラットではパッカー同士の噂ですごく居心地がいい、って教えてもらったBerat Backpackers hostelっていうホステルに宿泊。オーナーのスコット(イギリス人)、アルバイトで一ヶ月働いてるアンディー(アメリカ人)はおもしろくって気が利いておかげですごく楽しいステイだった!

1泊だけの予定が、ちょうど次の日が4Th of July、アメリカの独立記念日だってこともあって、普段周りからアメリカ人呼ばわりされてる私、ここは盛大にパーティーしなきゃ!ってアンディーと意気投合してBBQパーティー主催することに。ハンバーガーにホットドッグ、ポテトサラダ、グリーンサラダ、チップス、ビール、ワイン。All Americanなバーベキュー、参加者もアメリカ人X2、イギリス人X1、オランダ人X2、日本人X1、アルバニア人X2でわいわい楽しかった♪


結局最後まで飲んでいい感じに酔っ払った私、アンディー、スコット。町のどこかで結構早い時間からずーっと夜遅く(2時過ぎね)まで大音量でアルバニア音楽流してるパーティーがあって、“なんかたのしそーだし、うちら勝手に乗り込んで参加しちゃおうぜ!”ってことになって、千鳥足で音楽が聞こえるほうに歩いていって参加してきちゃったよ!!



アルバニアって結構イスラムな文化な国で、女の子は普段は外に出ないでお家にいる、だから日中も夜もカフェやバーにいるのは男子しかいないのだけど、このパーティーも会場にいるのは男子のみ。多分結婚式かなんかのパーティーだったと思うのだけど、時間も時間で女子は早々と帰っちゃったみたいで、私女の子1人、しかも珍しいアジア人、ってことで大人気だったわよ。

アンディーは“これ、まさにBoratの世界じゃん!”って大喜びではしゃいでるし、スコットはまじ飲みすぎでえらいことになってるし、なんかめちゃくちゃだったよ。でも、本当のアルバニアを体験できて、楽しかった!

2009年7月5日日曜日

カラフル・色褪せた建物たち



モンテネグロの国境の町、Ulcinjを朝6時のミニバスにのり出発、向かうはアルバニア。つか、朝6時ってそんな時間に起きて行動するの、いつぶりだ??多分LA時代仕事前の雪山に行くとき以来だよ。

アルバニア。1990年まで20年余り鎖国対策を採っていた、1990年後半に国民の75%(!!)がねずみ講にはまり大混乱を巻き起こした、そして国旗がカッコイイ、という、まぁそんな国。(まとまりないやん)


さて、まずはアルバニアの首都である、ティラナにやってきました。ここティラナ、首都なのに首都らしくない。なんていうか、一応ヨーロッパなのに、すべてが中東っぽいんだよ。車はその辺めちゃくちゃに走って、必要以上にクラクションならしてるし、イスラム教徒が多いからモスクもいっぱいだし、街並みも埃っぽさとか活気が中東。おまけにアルバニア人の顔もトルコ人っぽいのが多い。まぁこの辺14世紀頃はトルコ、オスマン帝国の支配下だったから、その影響も多少あるのかもしれない。


ティラナの街には、こういったファンキーでサイケデリックで悪趣味なカラフルビルがよく目に付くのだけど、それがなんかアルバニアっていう国を象徴してるみたいで、かわいーの。







あと、ここアルバニアはあのマザー・テレサ出身地でもあるのだよ。つかマザー・テレサってインド人じゃないんだね。すっかりインドの人かと思ってたけど…(私無知すぎ?)