2009年3月13日金曜日

サルバドール ゆるゆるライフ

 カーニバルは実質一週間。そのうちナカタトシアでカーニバルで演奏したのは3日間。ナタカで出ないときはサルバドールの各会場で行われているカーニバルを見に行ってました。



 大小100を超えるブロコバンドが大型トラックを改造したカーニバル用山車で大通りを練り歩く。      

 大御所のile ayre, Olodun, Timbaladaもほぼ毎晩どこかの会場で出演してたから、見て回ってました。

 
 毎晩10時過ぎから会場へ向かい、帰りは朝方まで遊びほうける。最近めっきり夜遊びもしてなかったんだけど、本当に楽しかったー。そしてそんな生活でもなんとかまだ元気で参戦できる自分の若さにも乾杯でした☆







 宿の仲間ほぼ全員で最終のフィナーレである、ash Wednesday、灰色の水曜日にバーハ地区で行われたチンバラーダとオルドゥンを見たあとは、シュラスコ(ブラジルバーベキュー)のブッフェへ行き、次の数日は実にまったーり、ゆっくーり。本当はカーニバル終了後の27日にはサンパウロへ飛ぶチケットを前もって持っていたんだけど、あまりのなお宿の居心地のよさに、チケットキャンセルし、まさかの10日間延長滞在。


             居心地よすぎーな、なお宿本館→
 
 サルバドールからバスで一時間くらいのゆるーい村、arambepeへ一泊テントでダハブ仲間とおとまりにいって川であそんだり、宿の仲間の誕生会、お別れパーティー、ナタカトシアおつカレーパーティー、タイフェスタ(タイ料理のシェア飯)、そしてなお宿主宰のパーティー(これがすっげーよかった!!音楽がんがんで踊り狂いまくり、最近でナンバー1のハウスパーティー)などなど。。。楽しい時間はホントあっという間に過ぎちゃった。





 まだまだサルバドールに、なお宿に滞在していたかったし、もっともっとみんなのことを知りたかったし、私のことも知ってほしかったし、仲良くしたかった。でも、私には始めたばっかりの“旅”が待っているし、コマをすすめなきゃ。4月5日にはサンティアゴからNYへ飛ばなきゃいけないし。。。ってことで泣く泣くサルバドールを離れることに。

 最後はなお宿に残ってるみんなで朝5時っていう早い時間なのに、起きて見送ってくれて、かなり感動。
 

 
           大好きだった近所の通称”青空”バー→
 
 
 最後の最後でタクシーシェアしたKくんが空港近くまで行ったにもかかわらず、まさかの自分のバックパックを宿に忘れ(ちなみにここで彼のフォローをすると、彼、日本でブロコバンドしてて、メンバーに楽器を大量に買って帰ったので、その荷物があまりにも莫大で頭も体もいっぱいいっぱいだったのだ)宿に舞い戻るというハプニングもありつつ、宿のみんなに2回目のお別れをいい、無事空港に到着し、次の目的地である、サンパウロへ友達とその家族に会いに向かいます!

2009年3月10日火曜日

ナタカトシア 2009












 とうとうこの日がきました、そう、カーニバル!!

 ブラジルのカーニバル、っていったらリオデジャネイロが日本では有名だけども、ここサルバドールのカーニバルのほうがローカル、またはコアな人に言わせればブラジルで一番!っていわれてる。
24時間ずーっとノンストップで1週間行われるカーニバル。音楽ガンガンで、会場となる大通りでは踊れ騒げでパーティーパーティー!ブラジル人の底なしのエナジー感じながら、我らナタカトシアも頑張り、そして楽しみ、完全燃焼!
 
 2009年ナタカトシア。何ヶ月も前からサルバドール入りし、アフロブロコを愛しカーニバルに参加するべく練習を重ねてやってきているメンバーと、うわさを聞いて1週間前、または数日前にナタカに入ったバックパッカーで形成された日本人ブロコバンド。
今年のナタカは総勢50人以上が参加して、バックグラウンドはそれぞれ違うけれど、普通に生活してたら接点もないだろう人々が、ここサルバドールという地の空の下、同じ屋根の下で共同生活をしながらカーニバルに向けて、目いっぱいタイコ叩いて音楽を、カーニバルを体いっぱいで感じ、体験し、楽しむ。
 
 まるで学生時代の文化祭準備さながらに協力しあって、みんなで作りあげたナタカトシア。 本当にすばらしい経験をさせてくれた、なお宿オーナー、ナタカトシアリーダーのなおやさん。めちゃくちゃクレイジーで、かっこよくって狂ってる、気さくでインテリジェントで自由なカリスマ臭プンプンのすばらしい人。
 そして、すばらしい人との出会い。2009年ナタカのメンバー。絶対、絶対日本でも会いたい。そして、タイコを一緒に叩きたい。日本に帰ったら、やり続けたい、楽しみなことがまたひとつ増えました。
***Valeo Naoya, Valeo Natakatoshia!****

2009年3月3日火曜日

サルバドール 再び





 “2009年の2月にブラジルのサルバドールで再会しよう!!”
 去年9月にエジプトのダハブ、セブンへブンって言う宿で仲良くなった仲間と約束をした。一緒になお宿って言うところにとまって、日本人だけで形成されてるブロコ太鼓グループ、ナタカトシア参加して、カーニバルに出ちゃおう!!
 そんなノリでやってきた2回目のブラジル。


 始めてここに来たのは2006年の1月。あれからもう3年経ってた。
 空港からバスで一時間。
 ここに来る途中、懐かしいスポット、たとえば前回一緒に行った友達がいまだに“ここのカイピリーニャが一番おいしい!”っていってる空港のバー、空港から国道に続く竹やぶのトンネル、バーハの灯台、古いコロニアルでかわいらしいサルバドールの町並み、坂の多い石畳、ペロウニーニョと呼ばれる旧市街のおいしいアイスクリームやさん、なんかを通りながら、今回のカーニバルでお世話になる日本人宿“なお宿”へと20キロ近いバックパックを背負いながらやってきた。


 前回ここに来たときに魅せられた、毎週火曜日にペロウニーニョを練り歩くブロコ集団。ブロコ アフロっていうのはここサルバドールのペロウニーニョで生まれた音楽なんだけども、簡単に言うと太鼓音楽団体。チンバウ、ヘピ、メイオなんかのドラム缶で作りました、な太鼓をたたき歩く音楽グループね。そのリズム、音、ノリ、パワー、パフォーマンス性すべてにおいて“うわぁーブラジルすげー!!”ってぶっ飛んだ思い出があった。


 なお宿、そしてナタカトシアのことは、ネットでいろんな事調べたり、ほかの旅人のブログを読んでなんとなーくその存在は知ってて、今回ダハブであった仲間の一人、えりちゃんが”2月にはサルバドールで太鼓をたたこうとおもってる”って聞いたとき、”うわ、やべ、私も叩きたいかも!!”って思った。
 


 なおやさんは、今私がお世話になってるサルバドールのなお宿の主、ならびに日本人ブロコブループのリーダー。毎年2月のカーニバルの季節になると、日本人バックパッカーや、日本で活動してるブロコサークルの子達がこの宿に集まり、彼の指導の下練習を重ね、本番のカーニバルに参加すべく練習をする。


 サルバドールのカーニバルはどうやらブラジルで二番目に大きなカーニバルらしく、でも若者に言わせると一番のカーニバルとも言われてる。ここはアフロ、黒人色がものすごく強く、実際ブロコ アフロで有名なグループはtimbalada, oldum, ile ayeなどここ出身の有名アーティストが多い。まぁ、そういうのも私はここにくるまでは詳しくはしらなかったんだけど。


 そんなこんなでサルバドールのカーニバルに日本人のみのグループで、一致団結してカーニバルへ出陣だ!!ってことで私たちチームダハブも2週間前にはなおやどに練習もこめて集結することにしたのでした。

2009年2月11日水曜日

バイバイ!アメリカ























 とうとう長年すんだアメリカを去る時が来ました。最後の一週間はいろんな人とあったり、食事に連れて行ってもらったり、お別れパーティーを開いていただいたり本当にみんなに愛されてるなぁと実感できました。

 おすしに連れて行ってくれた有田さん、おいしい焼き鳥ご馳走してくれたかなちゃんQちゃん夫妻、最後に私の大好きなチューバ料理屋さんに連れて行ってくれた同僚のミッシェルとジョーイー、お昼にイタリアンおごってくれたボスのアーウィン、一週間お家に居候させてくれたりえちゃん、お別れパーティーをしてくれた職場の仲間たち、サプライズでケーキでお別れしてくれたERの仲間、盛大なアメリカ最後の夜のパーティーを企画してくれたノエルとりえちゃん、パーティー前にフレンチご馳走してくれたノエル、まさおくん、りえちゃんと村山くん。

 お別れパーティーに参加してくれた皆さん、本当にどうもありがとう。パーティーは本当にあんなに大人数(多分30人はいたよね?)が参加してくれて、私は幸せ者です!!!
この不景気の中、保障されて安定した仕事をやめて世界旅行なんてちょっとそこんとこどうなのよ?ってのもありますが、これもタイミング。私にとってこのタイミングが一番いいタイミングだと思いたいし、そう信じたい。

 これから先の7ヶ月間、目いっぱい冒険して、勉強して、いろんなモノをこの目で、体で見て吸収して自分によりいっそう磨きをかけてこようと思います!! 
 私を知る人はみんな“これ以上たくましくなったらすごいことになりそうだよね、、、”なんていわれてるけど。笑

 それでは、世界一周のたび、行ってきます!!

2009年2月5日木曜日

旅の持ち物



 旅に持っていくもののリストをつくってみました。私のパック、45Lなんだけど、以下のものを入れたら超パンパン!!みんな女の子の場合50~60Lを持ってるのが普通だから、かなり小さ目。でも荷物重いのいやだし、軽くパッキングが私の旅スタイルなのでパック買い替えずにこのままで行きます。



**旅の持ち物**

+バッグ+
バックパック Gregory Tega 45L
サブバッグ Gregory テールメイト
マネーベルト
パックセーフダイアル式南京鍵


+大切ドキュメント系+
パスポート
イエローカード (予防接種証明書)
TCアメックス 
ドル現金 
capital one credit card
WaMu ATM card
国際免許書
PADI AOW Card 並びに ダイビングログブック

+デジタル、モバイル+
デジカメ Panasonic Lumix DMC-FX7
ロモ LC−A+
Dell inspiron Mini 9 (ノートPC)
SD card 128 MB, 2GB, 1GB
ポータブルHD 240GB
iPod touch
充電器 (ノートPC、デジカメ、iPod touch)
セキュリティーワイヤー (ノートPC)


+生活用品+
フェイスタオル 1枚
手ぬぐい 1枚
歯ブラシ、歯磨き粉
デンタルフロス
コンディショナー イン シャンプー
髪の毛美容液
くし
カミソリ
せっけん
体洗い用ナイロンタオル
洗顔剤
化粧水、乳液
ローション
日焼け止め(体、顔用)
お化粧品(ファンデ、アイメイク)
リップ(SPF入り)
洗濯洗剤
ワッカ(洗濯干すやつ)
薬(正露丸、ルル、エアボーン、抗性物質、マラリアの薬 2ヶ月分)
携帯用虫除け
トラベル用シーツ
懐中電気
生理用品


+洋服+
Tシャツ ×2
タンクトップ ×1
長袖Tシャツ ×2
ババシャツ ×1
フリース ×1
モンベルダウン ×1
スボン ×2
パジャマ用ズボン ×1
ワンピース ×1
靴下 ×2
おパンツ ×3
ブラ ×2
水着
カッパ
傘
ビーサン
登山用靴


+本+
文庫本 ×1
ガイドブック ロンプラ南米、歩き方コピー(モロッコ、スペイン、ポルトガル)
手帳
名刺

+その他+
トランプ
お裁縫セット
スイスアーミーナイフ
食材 (マルタイ棒ラーメン、しょうゆ、わざび、ふりかけ、お茶漬け、ギョウザの皮、ゴマ油、オートミール、余ってる醤油+めんつゆ小袋、たらこ+梅パスタソースetc)
ビタミン

 最初の目的地のサルバドール、ブラジルでは夏にエジプトのダハブであった仲間7人と落合う予定で、カーニバルに参加すべく合宿生活を3週間ほどするので、食材も結構持ってく予定。これが結構かさ張ってるので、そのあとは多少荷物もすくなるなるはず。でもまぁ、途中途中でお土産とか買って荷物は増える一方なんだろうけど。

 旅立つまであと4日!!
 準備は。。。大体できてるかな。実際今すぐ旅行に旅立てるか?って言われたら、出来るし。
 問題は心の準備。あまり実感がわいてないってのが現実。空港について、飛行機に乗り込む時に多分、一気に感情がでるんだろうなぁ、今までの楽しかったこと、つらかったこと、いい思い出、悪い思い出、失敗したこと、うれしかったこと、いろんな人との出会い、別れ、本当に色々あった、青春時代を過ごしたの16年半のアメリカ生活、そしてこれから始まる半年ほどの世界旅行を。

2009年1月30日金曜日

車を売る日

 とうとう愛車のSolaraちゃんを嫁に出す日が来てしまいました。
 ま、嫁に出せてホッとした、って方が正しいのかな。
もともと友達が買うっていってたからまったく車の心配はしてなかったんだけど、出発3週間前にまさかの”やっぱり買えない”発言。それってないだろ…。
 それからは、ほんと大変だった。ガリバー(LAにあるんですよ)呼んで査定してもらうもありえないくらい低い値段提示されるし、craigslist やautotraderに広告を出してもなかなか反応がない。そんな中一人すごく興味を示してくれたおばさんがいて、2回試乗して、1回はかわないって言ったけど、最終的には”買うわ!!”なんていってたくせに次の日メールで”やっぱり…”って。これだから最悪だよ、外国人は!!

 そんなこんなで振り出しに戻り、でも出発時間はせまってきてるし、まじどーーしよおおおおーー、最悪ガリバーに売るしかないのか??なんてかなりあせってたら今週になって3件のお問い合わせ。

 そのうち今日来た人がばりばり買う気満々の人で。試乗して、じっくり見て、考えた結果、”買います!!”発言。
 そのあとは速攻近くの銀行へいって、バンクチェック私宛に作ってもらって、書類なんかすべてやって、SOLD!
 私が提示した価格よりも700ドル安くなっちゃったけど、ここで渋って相手が買う気なくしてまた振り出しに戻るのがいやだったし、残りのアメリカ滞在10日間をストレスフリーでエンジョイしたかったから、すべてオッケー!!



 いやぁ、ものすごく乗りやすくて、愛着があって大切に大切に乗ってきた車だったから売るときはもちろん寂しかったけど、売れたっ!ていうことのほうがうれしくてホント安心しました。



 





← 新しいオーナーの運転で私を去るSolara。今までありがとうね!

2009年1月26日月曜日

歯医者さんへ

 歯医者に行ってきました。旅行中に虫歯なんかの歯のトラブルにあったら最悪だからねー。
 
 今入ってる保険で年に2回のクリーニングはカバーできるので、今の病院で働き出してからは毎年行って、チェックアップも受けてるので虫歯はなし。クリーニングだけして来ました。
 
 ここの歯医者さんには丸6年お世話になってて、値段がちょっと高いんだけど、やさしいし丁寧でお気に入りだったなぁ。毎回行くたびに、“今度はどこに旅行に行くの?”なんて私が旅好きだからきいてくれたり。
 
 まさか私が日本に永久帰国するとはおもってなかったらしく、“結婚でもするの?”なんて聞かれた挙句、“”やっぱ日本で結婚して幸せになったほうがいいよ“、と親か?と思うほど余計なお世話な事いわれたけど、まぁよし。


 旅に発つまであと二週間!!
 今一番の心配事は、私の愛車のsolaraちゃんが無事売れるか、です。。。