2009年3月26日木曜日

モレノ氷河

 本当はバスで40時間ぐらいかけてブエノスアイリスからはるばる来ようと思ってた、エル・カラファテ。でも、‘居心地がよすぎて’、‘つい’、‘うっかり’なサルバドールでの滞在延長で、時間がまじギリギリになってしまったので、飛行機でびゅーん、と3時間で移動。移動費用は倍になっちゃったけど、ここはやはり、time is money、いやー、まだ旅始めたばっかりのバブリーパッカー、さすがです。そして、ライト兄弟はフォードさんよりもすごいよ、ほんと。(なんのこっちゃ)

 それはさておき、エル・カラファテ。パタゴニア地方にあります。ここに来たのは、有名な大氷河、モレノ氷河見学と、ここからバスで3時間ぐらいのところにあるフィッツ・ロイっていう山のトレッキングをするため。

 最近乗り物酔いがひどい私がまさかの飛行機酔いにやられながらエル・カラファテに到着、最初に向かったのは、大氷河である、モレノ氷河。
      ←じゃじゃーーん



 ここでみんなに豆知識。日本にはなくって、あまりなじみのない“氷河”について、ちょっとねーさん(なんかこの歳になると、旅人から“ねーさん”てよばれるんスよね・・・ちょっと複雑なんですけど気に入ってます。でも本名で呼んでくれるとポイントアップです)、説明しちゃいます。ちなみに、ねーさんも、氷河については全く知識ありませんでしたので、ここから以下はなにかわからないことがあった時、いつも頼ってるwikipedia大先生から引用させてもらってます。




***以下、ウィッキーさんより。***

氷河(ひょうが)は、山地では重力、平坦な大陸では氷の厚さと高さによる圧力によって流動する、巨大な氷の塊である。氷河は、山がちな、または傾斜した地形に、複数年にわたって氷や雪が堆積し、万年雪が圧縮されることでできる。下部には過去の氷期にできたものが融けずに残っている。

 ほうほう、、、そういうことらしいです。


 さてモレノ氷河。滞在中のエル・カラファテからはバスで一時間ちょっとの距離にあります。私はこの氷河の上をトレッキングしたかったので、ツアーに申し込みました。しかし、恐るべしパタゴニア価格、一時間半の氷河トレッキングのお値段ズバリ350ペソ!!(13,000円くらいでしょうか?)


 ・・・高い、非常に高い。でも、ただモレノ氷河をひたすら展望台みたいなところで見るツアーでさえも、8000円近くするんですよー涙!!だったらもうちょっとお金払ってトレッキングもしちゃうよね。。。


 さて、トレッキング。氷の上を歩くわけだから、それ専用のアイゼンっていう用具を靴に装置して、ガイドさんとそのアシスタント君とでいざ出発!
 


 最初はアイゼンをつけて歩くのも恐る恐るだったけど、だんだんなれてきた。ホント綺麗なガリガリ君みたいな氷河の上を、ガイドさんの後を歩く。いやー、しかしなんでまじ、こんな綺麗な青い色になるんだろうねぇ。全く不思議です。



  


 ←ガリガリ君。





 一時間程、氷河の上を歩いたら、このツアーの醍醐味でもある、氷河の氷で作ったウィスキーで乾杯!


 





 そして無事トレッキングの後は展望台に移動し、一時間の自由時間。

 今は南米は夏だから、氷河の氷が解けて、崩落するのがみれるんだけど、でもやっぱ最近の地球温暖化のせいで、その崩落もすごい速さで進んでるらしく、問題化されてるみたい。


  

 ここで氷河の大崩落が見たかったけど、なかなか大きいのは見れなかった・・・でも中規模のはみれたよ!氷河は常に動いているから、耳をすませると奥のホント遠くのほうから、ゴゴゴゴ・・・って音がするの。そして、崩落のときにはほんと、どっかから恐竜でもでてくるんじゃないか、ってくらいの爆音が聞こえたとおもうとすでに湖に氷が崩落してる。まじど迫力。


 氷河トレッキングは、まぁ想像してたとおりっていったらそうだし、わざわざあの上歩かなくってもよかったかもなぁ、と思うけど、氷河の氷でつくったウィスキー・オン・ザ・ロックは飲めたし、ガイドのアシスタントのおにーさんはかっこよかったし(結局かそこか)満足でしたっ!!
 はあと<3   




南米のヨーロッパなブエノス

  

 アルゼンチンの首都、ブエノスアイリスまではイグアスからこれまた夜行バスで、今回は21時間の大移動。しかしさすが、うわさのアルゼンチンバス。快適快適、超快適!!ゆったりシートに180度倒れるふかふか革張りシートに、枕、ふわっふわブランケット付。そしてなんと夕飯と朝食つきで、US$60!!いたりつくせりです。


 ブエノスでは有名日本人宿、上野山荘別館へ。一応予約していったのに、オーナーここ何日か不在、メールチェックしてないらしく、一泊しか出来ないとのこと。本当は2泊したかったけど宿移動も面倒だし、ここで1泊に急遽予定変更。


 それと決まったら次の移動先であるカラファテまでの飛行機チケットと、ブエノス市内観光をしちゃいましょう、とすぐ行動開始。とりあえず飛行機はネットで調べたところ、明日の午後3時発がUS$100ドルくらいで取れる事がわかったので早速手配。

 私あまり大都市とか好きじゃなくって、今回の南米も自然とか、そういうの目的できてるからブエノスも有名どころをさくっと観光してきちゃおう、と最初に向かったのはLa Bocaっていう一角の特徴あるカラフルな建物がめちゃくちゃかわいーエリア。回り一角全部がレゴでできてるみたいなのー!!



 でもここ、あまり安全ではないエリアにあるから、観光地化されてるこの一角だけ観光。ちなみにこのLa Bocaにはアルゼンチンでも有名、名門サッカーチーム、La Boca(そのままやん)のホームスタジオもあります。
 オープンテラスのレストランが並んでて、そこで無料タンゴショーとかもやってるんだけど、貧乏旅行の私は遠巻きにタンゴ眺めて、写真とって、そのあとちょっとぶらぶらして退散。


 アルゼンチンといえば、くろねこのタンゴ、並びにダンゴ三兄弟でも有名になった(いつの話題ですか、全く)タンゴ、なわけだけど、そんなタンゴ発祥の地といわれているSan Telmoへ。ここは週末になると、ストリートパフォーマンス的にタンゴが見れる、っていうので楽しみにいったんだけど、なんかそこまで盛り上がってなかった。。。土曜だったこともあるのか?やっぱ日曜のほうが盛り上がるのかなぁ?日曜はここでアンティークマーケットもやってるらしいし。


 そんなこんなで午後7時には宿へ。今夜はせっかくだし、本場でタンゴショーでも見に行きたいなぁ、って思ってて、宿にいる人に誰か行く人いないかな?ってきいてみたらちょうど女の子2人が行くっていうじゃん!なので便乗してご一緒させてもらいました。急遽近所のディスカウントチケット扱ってるお店で60ドルでゲット。正規で買うとその倍くらいらしーから、よかったよ。  

 そのあと元気だったら夜遊びにでかけよっかなーなんて思ってたのだけども、次の日に急に朝から行きたいところが出来ちゃったのでおとなしく就寝。




 次の日はブエノスでもおしゃれエリアである、Palermoへカフェに朝ごはん食べに行き、その足で宿の近くの素敵な本屋さん兼カフェEl Ateneoへ。
   


この本屋さん、もともとシアターだったらしく、内装がそれはそれはとても美しくゴージャスでめちゃくちゃ気に入った!ただあんまり時間がなくってゆっくり本を見れなかったのが残念。

 さて駆け足で観光したブエノス。本当はライオンとかトラなんかの猛獣や、おさるさんなんかと柵の中にはいって戯れまくり、写真とりまくり、で有名なブエノス郊外の動物園や、カフェめぐり、日曜のアンティークマーケット、ラボカのサッカーゲーム、男性ストリップショー(本物丸見えらしい)など行きたいトコ山盛りだったんだけども、とりあえずパタゴニアへGOです。

2009年3月17日火曜日

イグアスの滝はどんなもんなのか。






←イグアス公園でであった動物たち



 イグアスの滝。ブラジルとアルゼンチン両国にまたがる、世界三大滝のひとつ。
(しかし日本人って世界三大なんとか、って好きよね、三大味覚とか美女とかさ。アメリカじゃそういうの聞いたことないよ)



 ブラジルサイドからは滝の全体が見えて、アルゼンチンサイドからは滝のすぐそばまで行けて、迫力が半端ない、って話は聞いてた。
 行った人みんながすごい感動した、って言うし、だから期待大で行った、ブラジルサイド。






 でも。。。んー、確かにすごいけど、確かにでかいけど、でも、アメリカのナイアガラのほうが見た目も迫力あったような???気がするのは気のせい??
 
 なんか期待裏切られたなぁー、なんて感じで次の日、特に期待もせずにくりだしたアルゼンチンサイド。
そーれーがーーー!!!
どどーーーん!!


 ごめんなさい、イグアス結構ショボイじゃん、とか昨日言ってすみませんでした!
どうっすか、これ。

 
 とにかく、迫力、ありすぎ。アルゼンチンサイド、すげー。(いや、ブラジルサイドもよかったんだけどね、やっぱ迫力に欠けるわけです)



 んー、やっぱイグアス、来てよかった!入場料が案外高くって(各国US$10くらい)どーなのよ?っておもったけど、よかったよー。

 ブラジルへ行くにはビザがいるし(日本人で$50)、バックパッカーはブラジルサイドはあきらめてアルゼンチンサイドのみ行く人も多いんだけど、それ考慮するとブラジルサイドは行かなくって正解かな。アルゼンチンサイド最高です。










サンパなサンパウロ







 サルバドールを泣く泣く離れ、LA時代のお友達の両親が住んでいるサンパウロへ飛行機で3時間、やって来ました!




 空港までお出迎え、お昼は東洋人街のポルキロ、“なんでもや”に連れて行ってくれ(本当に何でもそろってるところで、お刺身まであった!)、おいしいホームメードのご飯、いたりつくせりな楽しい時間をすごさせてもらいました!





 ちなみにこのポルキロ、ブラジルではよくあるシステムで、ブッフェ式に食べ物があって、それを量り売りできるレストラン。食べたいものをほしい量だけ、ってすごくいいシステムだと思う!




 サンパウロにはは2泊させてもらったんだけども、市内観光、そしてママと一緒にゴルフまでさせてもらってめちゃくちゃ楽しかった!ゴルフ、私はまだまだ超初心者なんだけど、なんとまさかのパーゲット。ママもキャディーさんも、それよりなにより当本人の私がびっくりだったわー。



 そんなこんなで楽しいひと時を過ごさせてもらったサンパウロから次に向かうのは、イグアスの滝。


 イグアスまでは夜行バスで18時間の移動だったのだけど、車内でたべてね、とおにぎりと、私の大好きなアサイドリンク、(しかもママの育ったべレンからわざわざ持ってきたモノ!)suco de milho(とうもろこしの甘いジュース)を持たせてくれて、本当にいたりつくせりなサンパウロ滞在でした。




 ママ、石原さん、よっちゃんさん、おばさん、こうちゃん、ハファエラ、おばーちゃん、サンパウロ滞在、本当に楽しかったです!どうもありがとうございました!!

2009年3月13日金曜日

サルバドール ゆるゆるライフ

 カーニバルは実質一週間。そのうちナカタトシアでカーニバルで演奏したのは3日間。ナタカで出ないときはサルバドールの各会場で行われているカーニバルを見に行ってました。



 大小100を超えるブロコバンドが大型トラックを改造したカーニバル用山車で大通りを練り歩く。      

 大御所のile ayre, Olodun, Timbaladaもほぼ毎晩どこかの会場で出演してたから、見て回ってました。

 
 毎晩10時過ぎから会場へ向かい、帰りは朝方まで遊びほうける。最近めっきり夜遊びもしてなかったんだけど、本当に楽しかったー。そしてそんな生活でもなんとかまだ元気で参戦できる自分の若さにも乾杯でした☆







 宿の仲間ほぼ全員で最終のフィナーレである、ash Wednesday、灰色の水曜日にバーハ地区で行われたチンバラーダとオルドゥンを見たあとは、シュラスコ(ブラジルバーベキュー)のブッフェへ行き、次の数日は実にまったーり、ゆっくーり。本当はカーニバル終了後の27日にはサンパウロへ飛ぶチケットを前もって持っていたんだけど、あまりのなお宿の居心地のよさに、チケットキャンセルし、まさかの10日間延長滞在。


             居心地よすぎーな、なお宿本館→
 
 サルバドールからバスで一時間くらいのゆるーい村、arambepeへ一泊テントでダハブ仲間とおとまりにいって川であそんだり、宿の仲間の誕生会、お別れパーティー、ナタカトシアおつカレーパーティー、タイフェスタ(タイ料理のシェア飯)、そしてなお宿主宰のパーティー(これがすっげーよかった!!音楽がんがんで踊り狂いまくり、最近でナンバー1のハウスパーティー)などなど。。。楽しい時間はホントあっという間に過ぎちゃった。





 まだまだサルバドールに、なお宿に滞在していたかったし、もっともっとみんなのことを知りたかったし、私のことも知ってほしかったし、仲良くしたかった。でも、私には始めたばっかりの“旅”が待っているし、コマをすすめなきゃ。4月5日にはサンティアゴからNYへ飛ばなきゃいけないし。。。ってことで泣く泣くサルバドールを離れることに。

 最後はなお宿に残ってるみんなで朝5時っていう早い時間なのに、起きて見送ってくれて、かなり感動。
 

 
           大好きだった近所の通称”青空”バー→
 
 
 最後の最後でタクシーシェアしたKくんが空港近くまで行ったにもかかわらず、まさかの自分のバックパックを宿に忘れ(ちなみにここで彼のフォローをすると、彼、日本でブロコバンドしてて、メンバーに楽器を大量に買って帰ったので、その荷物があまりにも莫大で頭も体もいっぱいいっぱいだったのだ)宿に舞い戻るというハプニングもありつつ、宿のみんなに2回目のお別れをいい、無事空港に到着し、次の目的地である、サンパウロへ友達とその家族に会いに向かいます!

2009年3月10日火曜日

ナタカトシア 2009












 とうとうこの日がきました、そう、カーニバル!!

 ブラジルのカーニバル、っていったらリオデジャネイロが日本では有名だけども、ここサルバドールのカーニバルのほうがローカル、またはコアな人に言わせればブラジルで一番!っていわれてる。
24時間ずーっとノンストップで1週間行われるカーニバル。音楽ガンガンで、会場となる大通りでは踊れ騒げでパーティーパーティー!ブラジル人の底なしのエナジー感じながら、我らナタカトシアも頑張り、そして楽しみ、完全燃焼!
 
 2009年ナタカトシア。何ヶ月も前からサルバドール入りし、アフロブロコを愛しカーニバルに参加するべく練習を重ねてやってきているメンバーと、うわさを聞いて1週間前、または数日前にナタカに入ったバックパッカーで形成された日本人ブロコバンド。
今年のナタカは総勢50人以上が参加して、バックグラウンドはそれぞれ違うけれど、普通に生活してたら接点もないだろう人々が、ここサルバドールという地の空の下、同じ屋根の下で共同生活をしながらカーニバルに向けて、目いっぱいタイコ叩いて音楽を、カーニバルを体いっぱいで感じ、体験し、楽しむ。
 
 まるで学生時代の文化祭準備さながらに協力しあって、みんなで作りあげたナタカトシア。 本当にすばらしい経験をさせてくれた、なお宿オーナー、ナタカトシアリーダーのなおやさん。めちゃくちゃクレイジーで、かっこよくって狂ってる、気さくでインテリジェントで自由なカリスマ臭プンプンのすばらしい人。
 そして、すばらしい人との出会い。2009年ナタカのメンバー。絶対、絶対日本でも会いたい。そして、タイコを一緒に叩きたい。日本に帰ったら、やり続けたい、楽しみなことがまたひとつ増えました。
***Valeo Naoya, Valeo Natakatoshia!****

2009年3月3日火曜日

サルバドール 再び





 “2009年の2月にブラジルのサルバドールで再会しよう!!”
 去年9月にエジプトのダハブ、セブンへブンって言う宿で仲良くなった仲間と約束をした。一緒になお宿って言うところにとまって、日本人だけで形成されてるブロコ太鼓グループ、ナタカトシア参加して、カーニバルに出ちゃおう!!
 そんなノリでやってきた2回目のブラジル。


 始めてここに来たのは2006年の1月。あれからもう3年経ってた。
 空港からバスで一時間。
 ここに来る途中、懐かしいスポット、たとえば前回一緒に行った友達がいまだに“ここのカイピリーニャが一番おいしい!”っていってる空港のバー、空港から国道に続く竹やぶのトンネル、バーハの灯台、古いコロニアルでかわいらしいサルバドールの町並み、坂の多い石畳、ペロウニーニョと呼ばれる旧市街のおいしいアイスクリームやさん、なんかを通りながら、今回のカーニバルでお世話になる日本人宿“なお宿”へと20キロ近いバックパックを背負いながらやってきた。


 前回ここに来たときに魅せられた、毎週火曜日にペロウニーニョを練り歩くブロコ集団。ブロコ アフロっていうのはここサルバドールのペロウニーニョで生まれた音楽なんだけども、簡単に言うと太鼓音楽団体。チンバウ、ヘピ、メイオなんかのドラム缶で作りました、な太鼓をたたき歩く音楽グループね。そのリズム、音、ノリ、パワー、パフォーマンス性すべてにおいて“うわぁーブラジルすげー!!”ってぶっ飛んだ思い出があった。


 なお宿、そしてナタカトシアのことは、ネットでいろんな事調べたり、ほかの旅人のブログを読んでなんとなーくその存在は知ってて、今回ダハブであった仲間の一人、えりちゃんが”2月にはサルバドールで太鼓をたたこうとおもってる”って聞いたとき、”うわ、やべ、私も叩きたいかも!!”って思った。
 


 なおやさんは、今私がお世話になってるサルバドールのなお宿の主、ならびに日本人ブロコブループのリーダー。毎年2月のカーニバルの季節になると、日本人バックパッカーや、日本で活動してるブロコサークルの子達がこの宿に集まり、彼の指導の下練習を重ね、本番のカーニバルに参加すべく練習をする。


 サルバドールのカーニバルはどうやらブラジルで二番目に大きなカーニバルらしく、でも若者に言わせると一番のカーニバルとも言われてる。ここはアフロ、黒人色がものすごく強く、実際ブロコ アフロで有名なグループはtimbalada, oldum, ile ayeなどここ出身の有名アーティストが多い。まぁ、そういうのも私はここにくるまでは詳しくはしらなかったんだけど。


 そんなこんなでサルバドールのカーニバルに日本人のみのグループで、一致団結してカーニバルへ出陣だ!!ってことで私たちチームダハブも2週間前にはなおやどに練習もこめて集結することにしたのでした。